引き続き、『朝鮮雑記~日本人が見た1894年の李氏朝鮮~』の引用レビュー第2弾です。

現代の画像を比較として貼り付けました。
ごちゃごちゃと感想を述べるより、一発で意図が伝わると思います。

野鄙

 かの国の人には、一般的に自屈的(自分はだめだと思い、他人に頼る)で、乞丐根性がある。私たち外国人に対しても、自国への恥というものを持たない人間である。
 私が内地を旅行して、客舎に泊まったときには、近隣の韓人たちが珍しげに集まってきて、狭い室内は、たちまち人でいっぱいになる。
 彼らがたがいに語っている内容を聞くと、「衣服は、木綿だろうか、絹布だろうか」「珍しいものを持っているだろうか」「歳はいくつだろうか」「髭がたいへん濃いようだが、糊で固めてはどうだろうか」「眼鏡は、玉だろうか、硝子だろうか」など、口々に評しあっているのが、常である。
 そこで、言いたいことを聞いてみたところ、彼らが言うのは、「眼鏡の価値は、いくらですか」「薬を持っていますか」「煙草を一本ください」「その手帖をいただけませんか」など、まるで乞丐がするような言葉なのだ。
 慈眼で衆生を見るという本願(一般庶民を慈しみのまなざしで見るという誓い)もいつかは忘れ、厭悪の情まで催すことが、たびたびある。
 一日かけて、ある両班(ヤンバン)の家に招かれたときのことである。私の他に、席上に数人の客がいたが、ひそかに、彼らが話す私語に耳を傾けたところ、「私が持っていた鉛筆をどうにかして手に入れられないか」ということのようだった。
 私は一計を案じ、筆をとって、主人に聞いた。『あなた方の国の人は、私にものを尋ねるとき、必ず何かを乞うているのです。私は、心の中でこのことを不思議に思ってきました。よく知らないので教えていただきたいのですが、人にものを乞うのはあなた方の国の礼なのでしょうか。あえて、お聞きいたします」。
 両班たちは、いたく恥じているかのようで、すぐに返答した。「これは、おそらく戯言(冗談)でしょう。実際に、物を乞うているわけではありません」。



乞食民族

…いやいやいや、私らの血税である10億円もの国家予算が、自称・従軍慰安婦への賠償に支払われる瀬戸際ですから・・・。



男色

 八道(朝鮮全土)、いきおいよく、いたるところ、男色が流行しない場所はない。京城(ソウル)にいたっては、良家の子供たちといっても、美しい服をつけて市街を横行し、公然と、その尻を売るしかし、あっけらかんとして恥じる様子もない。
 韓語では、これを「ビョーク、チャンサ」と称する。つまり、男色商という意味である。特に、股肉を指して、「ビョーク、サル」と呼ぶのは、あまりにもひどすぎるというべきだろう。「サル」とは、すなわち肉の意味である。





韓国軍の訓練風景
▲現代の韓国軍の謎の訓練風景…。

市街の不潔

 不潔は、朝鮮のパテント(専売特許)だろう。京城(ソウル)はもちろんのこと、八道(朝鮮全土)いたるところとして、(洗練された)違いらしき市街を見ることはできない。牛馬人糞は市中に溢れ、その不潔なことは、たとえようもない。
 市場の中央には、共同便所の設備はあるが、それもただ、藁で屋根を葺き、蓆で四方を囲んだ、たいへん粗末なものである。しかも、その糞中で、犬や豚を養っているから、もし、誰かが入ろうものなら、犬豚がじっと傍らに持して、用を終えた人が出てくるのを待っている。これは、ほとんど嘔吐を催すようなものであろう。
 また、食物の不潔なのも、この国の特色といえよう。腐った魚菜を用いるのはもちろんのこと、その調理の現場を見てしまったら、どれほどの豪傑であっても、箸をつけるのに逡巡せざるをえない。
 料理人が、煮炊きものの味つけをするのには、匙や菜箸を用いずに、必ず手で行う。橋なども、千秋万古(永遠に)、ほとんど洗ったことはないだろうし、水洟を拭いとったその手で、じかに漬物瓶をかき回すなど、わが国の人がとても想像だにできないような次元なのである。
 さらに、上流階級は別格としても、中流以下となれば、室内の不潔は、筆舌に尽くしがたいものがある。
 家屋の壁は荒壁で、触れただけで衣服は汚れ、屋根裏に泥を塗っただけの天井は低く、欠伸をしただけで、首が屋根を突き破ってしまいそうだ。広い部屋でも、わが国の六畳敷きくらいでしかなく、狭いものとなれば、ほとんど一畳にも及ばない。客舎には、広い屋根もあるが、その構造は長方形で、まるで槍持の厠(便所)のようである。
 ちなみに、厠の戸は、すべて、わが国の茶室にある潜り戸のようである。
 座っている客が、痰を吐きたいと思えば、座っている蓆をめくって、その下に吐く。鼻水が滴るときは、それを手でこすって、じかに壁に塗り付ける。これで、いっこうに不潔とも思わないのは、彼ら韓人には、あえて珍しいことではないからだ。
 客舎とはいっても、万事がこのようなものであるから、一夜の生命と財産の安寧を託すのには足りない。
 寝るときは、もとより、身を覆う布団もなければ、着のみ着のまま、木枕という、ただの丸木の端きれに頭を載せるだけ。いたって心細いものであるから、うとうととして、雨露を凌ぐだけのものである。
 このようなものであるから、かの国を旅行する外国人は、その困難をあげていくと、きりがない。
 とくに、いずれの客舎にも、浴場の設備のないことが、最も旅行者を苦しませる。
 夏は、床虫と蚊がたいへん多く、身体は疲れているのに、ほとんど夢を結ぶこともままならない(眠ることが出来ない)。蠅にいたっては、春夏秋冬、おびただしく室内を飛びまわっており、払い尽くす術もない。そうであれば、禅榻を尋ねて、清風に臥することもままならず、この上もない難儀というべきであろう。



韓国人の衛生観



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雑俎(雑記)

●わが国の言葉には、八道の韓人たちから知れ渡っているものがある。すなわち、オカミサア「(おかみさんの訛)、ヤブレ(破れ)、ツンポ(ちんぽの訛)。



…半島全土に知れ渡っている日本語が、「ちんぽの訛」?!
…どういう経緯でこんな単語が知れ渡ったのか?日常的に話題に上るような単語なのか?謎すぎるwww


ざっと抜粋しての紹介でしたが、読み終えた感想は、もう何と言っていいやら…。


―――彼を知り己を知れば百戦殆うからず 【孫子】

イザベラ・バードの「朝鮮紀行」より、読みやすい文体と構成なので、敵を知るために、一読をお薦めします。

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「朝鮮雑記~日本人が見た1894年の李氏朝鮮~」のレビュー その1

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