最近、被害者の集いで、被害内容を聞かれる事が多くなってきたので、今回は、被害当初を振り返って、20代の頃の身体被害について書こうと思います。

私が被害認識したのは、2005年6月20日に、北里大学病院に初入院してからでした。

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▲ 退院時にもらった当時の治療記録。ちなみに昨年2月の入院時には、貰えなかった。

20代前半から、頻繁に体調不良を起こすようになり、それも外出しようとするタイミングで、身体が痛み出したり、吐き気をもよおしたり、過呼吸症状が起こったりと、具合が悪くなるので、変だと思いつつも、次第に、外出自体を控えるようになっていきました。

当時は、コミケで同人誌販売したり、ゲーム関連イベント参加が趣味だったのですが、体調不良のせいでバイトも出来ず、経済的にも困窮し、新刊の発行やイベント参加も出来ず、次第に、同人誌サークル仲間とも疎遠になっていきました。
そのうち、家族以外と話す機会も殆どなくなり、一日の大半をベッドで安静に過ごす、引きこもり状態にさせられていました。

当時は、ネットも携帯電話も無い時代だったのですが、元々、TVゲーム・漫画・読書が趣味だったし、母や弟も同じ趣味だったので、漫画を描かなくなった後も、体調悪化時以外は、家族仲良く楽しく暮らせていました。

とにかく昼夜問わず、心臓発作、呼吸困難と吐き気が起こるので、ベッドサイドには、嘔吐対策用に洗面器と、お茶を常備して過ごしていました。
大概は、急激に気分が悪くなっても、5分~10分もすればピタリと治まり、通常通りに過ごせていました。

突発的な発作は、心臓への激しい衝撃と、喉を締められたかのような苦しさ、嘔吐感がメインで、特に心臓の衝撃は激しく、てっきり重い心臓病を患っているものだと思っていました。

海外の医療ドキュメンタリー番組(世界まる見え!TV特捜部だったかな?)で、「心臓疾患の患者が、善意の寄付によって億単位の治療費を集め、無事に一命を取り留めた。」なんてのを観ていたので、心臓治療には金が掛かるものだと思い、両親が病院に行くことを勧めても、断固として拒否していました。

市販薬「救心」を購入したり、前述の通り、発作が、5分程で嘘のように治まるので、自己処置だけで耐えてきたのですが、2005年6月20日に、とうとう倒れて近所の救急病院に担ぎ込まれ、そこから救急車で北里大学病院まで運ばれ、初入院することになりました。

入院から数日後、個室から4人部屋に移され、ベッドから起き上がれるまで回復した後も、心臓への負担のため、歩行許可が下りず、1週間以上も車椅子移動を余儀なくされました。

…で、X線、エコー検査、MRI、眼底検査等、様々な検査を何度もこなし、告げられた病名は、
心臓とは無関係のⅠ型糖尿病(糖尿病性ケトアシドーシス)、バセドウ病でした。

…「心臓の痛み」のせいで緊急搬送されてきたハズなんですけど…?

ただし、1回目のエコー検査の後、担当医師が、「心臓の弁が(不自然に)開いているようなので、念の為、もう一度検査しましょう。」と言われ、翌日、再検査を受けたし、入院中は、10日以上も、24時間ホルタ―心電図を装着させられていたので、心臓に相当の負担が掛かっていたのは事実のようです。

ただし、医者の話では、「心臓への負担も、Ⅰ型糖尿病の発症も、バセドウ病による影響かも?」とのこと。

ちなみに、心臓への衝撃は、重度の低血糖時に起きる“心臓バクバク”とは別の性質のもので、内側からバン!と押されるような類のモノです。


それはさておき、4人部屋に移されてから数日後、同じ病室に新しく入ってきた患者(同世代)が、突然、同室の私達に向かって、「なんで、私の悪口を言うんですか?止めてください!」とキレた上に、泣き出してしまいました。
夜間だったので、誰も他の患者とお喋りしていなかったし、ペースメーカー等への影響の為、携帯電話の使用も禁止されている病棟内での出来事です。

慌てて駆けつける看護師や医師達をよそに、同室の皆が首を傾げていました。

翌朝、シーツ交換と清掃の為、全員が部屋の外に出された時、その患者と話す機会がありましたが、昨晩とはうって変わって冷静さを取り戻したようで、「ステロイドの副作用で、変になったのかも。」と弁明し謝ってきました。
その女性は、その日の内に別の病棟に移されてしまいましたが、内分泌代謝内科医の他に、精神神経科医も駆けつけて来ていたので、そちらの病棟に移されたのかも。

その後、更に数日が経過し、6人部屋に移された頃、私の耳にも、こちらの事を噂する声が聴こえるようになりました。

いわゆる「音声送信被害(フレイ効果による脳内音声)」の始まりでした。

数日前に、例の女性患者の様子を見ていたので、すぐさま、同室の患者の様子を確認し、自分の身にも同じことが起きたんだと、逆に冷静になり、この声被害のことは誰にも告げぬまま、退院すれば治まるだろうと、ひたすら耐えていました。

一時退院の日、マンション前で見知らぬ女から、名前を呼ばれ(苗字ではなく○○ちゃんという呼び方)、その後、正式に退院した後も、自宅周辺や、通院先の待合室で、見知らぬ不審人物からの仄めかしに遭い、この辺からローテク被害を認識し始めました。
数ヵ月後、弟が実家を出て、横浜でルームシェア暮らしすることになり、両親と私だけになってから、音声送信被害が再び始まりました。

当時は、弟以外の家族全員が、ネットはおろか、携帯電話すら使ってなかったし、何しろ何年も引きこもり状態で、親戚や昔の友人とも疎遠になっていたし、私宛の郵便物といえば、雑誌の全員プレゼントと、国民年金支払い通知や、選挙投票券ぐらいしか無かったので、私の個人情報が、どうやって知られているのか、さっぱり解りませんでした。

思考盗聴技術なんてものが、存在しているなんて思いも由らなかったし。

そんな訳で、20代の殆どを、日々、発作の苦しみや不安に苛まれながら、外に遊びに行きたくても、欲しい物があっても、ひたすら我慢して、安静を心掛けながら、暮らしてきた訳ですが、
それが、「心臓に何も疾患がない」という検査結果によって、テクノロジー犯罪が原因だと判明してしまった訳です。(怒)

ちなみに、北里大学病院以外に、別の病院でも検診して、心臓に疾患がないのは確認済みです。

今も、毎日、拷問は続いていますが、もう安静にしてなきゃいけない理由がないので、ひたすら「集団ストーカー犯罪被害マーク」を貼り付けたバックを看板代わりに、街中を練り歩いては周知に明け暮れる日々です。

エスカレーターや、店内のレジ前では、目に留まり易いので、街宣より周知効果が高そうな気がするし。


入院中に出会った、もう名前すら忘れてしまった、あの時の音声被害の女性は、今も無事だろうか?
…自殺に追いやられてないだろうか? …薬漬けで苦しんでいないだろうか?

そんな思いで、内分泌代謝内科の検査通院時には、つい精神神経科の待合室まで足を運んでしまうのです。


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最近の被害記録 2013/6/15

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